藤原聡大は高校3年から投手に?花園大学初のプロ誕生?家族も調査!

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2025年10月23日に行われるNPBドラフト会議で指名が予想される、京都・花園大学の藤原聡大(ふじわら・そうた)投手。

177cm・75kgとそれほど大柄ではありませんが、最速155kmの速球派右腕として今年の夏から評価が急上昇しました。

野球では全く無名の公立高校出身で、もちろん甲子園とは無縁の高校時代。強豪大学からの誘いもなく、進学したのは京滋大学リーグ所属の花園大学。

大学2年時に大学選手権に出場して”全国デビュー”となりましたが、かなりの野球ファンの間でも無名の存在といえるでしょう。

この記事では、京都・花園大学の藤原聡大投手に関する情報を詳しくお伝えします。

藤原聡大は水口高校3年から投手に?

三重県伊賀市出身の藤原聡大投手ですが、本格的に投手に転向したのは高校3年生の時だといいます

藤原聡大投手は、中学時代は地元の硬式野球チーム「甲賀シニア」で遊撃手としてプレー。

「守備に自信があったので、中学からショートをやっていました」。

滋賀県の公立高校・水口高校に進学して硬式野球部に入りますが、ここでも2年生までは遊撃手。

しかし高校3年生の時「チーム状況的にも自分しかピッチャーがいなかったので、もうやるしかないという感じでした」と本格的に投手に転向。

それでも、3年生春の県大会での5回ノーヒットノーランを達成するなど、最速143kmの速球投手として一部では注目されたようです。

聡大投手は高校入学当初は背番号「6」でしたが、2年生秋には背番号「1」だったんですね。

藤原聡大は花園大学初のプロ誕生?

藤原聡大投手は、京滋大学リーグ所属の花園大学に進学し、「花園大学初のプロ誕生か」と話題になっています。

「水口高校にいいショートがいる」と聞いていた花園大学の監督。

試合を観に行くと、140kmくらい投げていて、ピッチャー経験は浅いものの「体全体にバネがあったので、面白い存在だと思いました」。

当時もっと注目度が高ければ、強豪大学から誘いがあったと予想され、花園大学の監督は「早くから活躍していたら、うちに来ていなかったと思います」と率直に語っています。

これまで花園大学出身のNPB選手はいないため、藤原聡大投手がドラフトで指名されて入団すると、花園大学出身初のプロ野球選手となりますね。

花園大学は「京滋大学リーグ」

花園大学は「京滋大学リーグ」に所属しています

京滋大学リーグは、京滋(けいじ)の名の通り、京都と滋賀の大学で構成され、関西学生野球、関西六大学と比較するとややマイナーなイメージ。

現在、一部は花園大学の他に「佛教大学」「京都先端科学大学」「びわこ成蹊スポーツ大学」「明治国際医療大学」「滋賀大学」。

全国の舞台で実績があるのは佛教大学くらいで、プロ野球選手を多く輩出する大学はありません。

藤原聡大の家族は?

藤原聡大選手のご家族は、ご両親とお兄さんの4人家族のようです

✔母は毎朝5時に起きてお弁当を作ってくれる

✔両親が家の最寄り駅まで車で送ってくれることもある

✔「兄に買ってもらったチューブが私を支える相棒」と語っていることから、お兄さんがいる

大学野球の選手としては異例ですが、現在も三重県伊賀市の実家から、片道1時間30分かけて花園大学に通学している藤原聡大投手。

藤原聡大投手は「どんな家庭で育った?」という質問に

「家族仲はいいです。ご飯も毎日のように自分が帰るまで待っていてくれて、一緒に食べています」

10月23日のドラフト会議でも、家族一緒に指名の瞬間を待つのではないでしょうか。

好きな食べ物の「オムライス!」は、きっとお母さんの得意料理なのでしょうね。

まとめ

ドラフト会議で指名が予想される、京都・花園大学の藤原聡大投手ですが、投手に転向したのは高校3年生の時だといいます。

玉滝小学1年時から軟式野球を始めた藤原聡大投手は、中学時代は地元の硬式野球チーム「甲賀シニア」で遊撃手としてプレー。

水口高校へ進学後も遊撃手でしたが、チーム事情により高校3年生から本格的に投手へ転向。

花園大学の監督も「水口高校にいいショートがいる」と聞いて視察に行ったところ、投手としての可能性を見抜いてスカウトしたようです。

藤原聡大投手の家族構成は父・母・兄の4人家族と思われ、現在も自宅から片道1時間30分かけて花園大学へ通学している聡大投手の帰宅を待って、家族一緒にご飯を食べているといいます。

「花園大学初のプロ誕生か」と話題になっている藤原聡大投手。10月23日、どの球団が指名するのか期待が高まっています。

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